役名:父さん、チャールズ インガルス

役名(英語):Pa, Charles Ingalls

俳優:マイケル ランドン

俳優(英語):Michael Landon

声優:柴田光彦(漢字変換できず、ただしい表記ではありません)

父さんのフルネームはチャールズ・フィリップ・インガルス。職業は農夫。
農夫であることに人一倍誇りを持ち、農協の設立にはいつも強力を惜しみません。
そして家族が何よりの宝物、そして誇りです。安定した現金収入のため
ハンソン製材所で働く他、不作や火急の支出がいる際には遠くに出稼ぎにでて危険な仕事をする事も。
そんなときはみんなの笑顔のことを思って耐え抜きます。その他にも
町の人達の馬車の車輪の修理や灌漑、馬小屋掃除、臨時のイグサ狩りなんでもござれ。
でも父さんが一番得意なのは家具つくりなんです。父さんのテーブルは100年の年月を耐えぬき
現代にも伝えられています。趣味は少年のころ覚えたバイオリン。
小さいキャリーのために夜寝る前にお話を呼んであげることも忘れません。
父さんの信条は「何事にも正直であれ」ということ。そして差別や偏見を人一倍きらいます。
また、心が病んでいたり、身体が不自由なことから心を閉ざして自暴自棄になっている人を
みかけると、その人が自立できるように時には厳しくも、時には優しく見守りつつ助けてあげます。
正義感のかたまりで、人間として許せないことをする人を見ると
すぐ頭に血がのぼって手が出てしまうことも。母さんもよくいいますが、頑固すぎるのがたまにきず。
生年月日 1936/10/31 , NY - 1991/7/1(膵臓癌)
主な出演作品(テレビ)

<テレビシリーズ>

BONANZA (1959-1973):

ご存じ、カートライト一家の3男坊!LITTLE JOE CARTWRIGHT役。最後は監督、脚本も。
http://bonanza1.com/ (←情報提供:takahiko san. thanks!)

HIGHWAY TO HEAVEN(1984-1989、日本未放映)

「大草原の小さな家」終了後ただちに開始された、マイケル・ランドン・プロダクション
によるテレビシリーズ。父さんは神が地上につかわした
天使のジョナサン役。人間の姿をして困っている人々を助ける。
パートナーのマークは「大草原」でエドワーズおじさん役のビクター・フレンチ。
マイケルはもちろん、ビクターも脚本、監督、そして主演と大活躍。

US (CBS:1991)

ランドンが発病した頃(1991年春)に企画していた幻のシリーズ。プレミアムービーのみが放映された。
牢獄にはいっていた男が出所し自分の存在を知らない息子と、
無実を信じない自分の父親との葛藤を描く物語。

<テレビムービー>

「ある勇気の物語!孤独なマラソンランナー」(1976)オネショが直らず、バカにされていた男が成長し、オリンピック選手になる自伝的な物語。

「キリングストーン」(1978)殺人の汚名を帰せられ、無実の罪で10年間投獄された男が出所して作家となり、自分の無実を証明する。

「サムの息子」(   )レンタルビデオで最近、観ました。マイケルの自伝的作品。ジーン・オロウイッツという少年の青春と、うだつのあがらない映画館支配人の父親サムを描きます。

主な出演作品(映画)
プロフィール&近況など
<マイケルのショート・バイオ Keiko流!>
私はむかしマイケルは典型的な西海岸育ちだと勝手に思い込んでいましたが、
実は東部ニューヨーク出身のユダヤ人だと知って大変驚きました。
彼の本名ユージン・オロウイッツを知ったのは最近ですが、
ユダヤ人そのものの名前の響きに彼のイメージががらりと変りました。
昔はそういう響きがスターをめざす若者にとって
障害になったことは簡単に想像できます。マイケル・ランドンという名前は電話帳をめくり
ながら決めたそうです。ニューヨークはユダヤ人の人口が大変多いところ。いっぽう
「大草原の小さな家」はユダヤ人が少ない中西部を舞台にしているのに、
アイザックじいさん、パーシバルとその一家などテレビ作品ではよく主題に
取り上げらるのでたいへん違和感を覚えていましたが、これで合点がいきました。
すべてマイケル自身の体験が反映されているのです。
とくにパーシバルの両親と、ハリエットが宗教をめぐって対決するストーリーは
マイケルの両親の姿そのものだったのです。マイケルの母ペギー・オニールはカトリック、
父はユダヤ人でユダヤ教信者でした。
宗教の違いも原因のひとつでしたがふたりは断絶状態にあり、マイケルを仲介してでしか
ほとんど口をきくこともなかったとマイケルは回想しています。

両親の不仲、もっといえば精神不安定なエキセントリックな母親のせいで、マイケルは高校で
やり投げに出会うまでは、自信のない情緒不安定な子供でした。
「孤独なマラソンランナー」で描かれているように、
大きくなるまでオネショがなおらず、しかも母親が見せしめのために
濡れた布団を皆が見えるように干すというひどい仕打ちをしたそうです。
また、わざと成績を下げてみんなの
人気を得ようとするというアルバートのエピソードがありましたが(「先生の子」)
それはマイケル自身のことだったようです。やり投げのお陰で
南カリフォルニア大学(名門!)に奨学金を得て進学しますが、それにあわせて
家族も西海岸に移住したそうです。
父はRKOの宣伝を経てニューヨーク近郊のニュージャージーの映画館の支配人を
していましたが、ハリウッドでひとはた揚げようと決心。でもうまくいかなかった
ようです。またもと芸人だった母ペギーは自分の果たせなかった夢を娘イブリンに
たくし、やはりハリウッドで成功しようと夢見たそうです。「両親が離婚しなかったのは
子供のためだったと思う。それは酷なことだった」とマイケルは述べています。マイケル自身は
下積み時代に一度目の結婚しますが、すぐ離婚。結婚した理由は「彼女の連れ子をがっかり
させたくなかったから」ということですが、その経験から自分の両親の関係を分析している
のかもしれません。

さて、大学生マイケルはエリート集団の
大学の槍投げの仲間とうまくやっていくことができずまた孤独におちいった上
怪我を負い、「槍投げでオリンピックにいく」という夢をあっさり断たれてしまいます。
大学を去り、さまざまな仕事をしていくうちにちょっとしたきっかけで俳優に。
B級カルトムービー「ティーンエイジの狼男」に主演して評判になったのち
まもなく「ボナンザ」でカートライト兄弟の末弟の役を得て大ブレイクすることに。
マイケルは脚本を自分で書くチャンスを得たのちに監督まで手がけるようになり、
それが「大草原の小さな家」製作への布石になります。そのうち、マイケルは他の監督や脚本の批判をバンバン言うようになり、みんな当惑したそうです。マイケルの特徴でみんな
口をそろえていうことは、「饒舌」「ジョークがエキセントリックすぎることがある」「自分でなんでもとりしきりたがる」けれども「ユーモアやギャグが大好き」「子供がだいすき。そして自分でも子供のように純粋」「人一倍思いやりと愛情にあふれた
素晴しい人」。ボナンザで組んだスタッフはプロデューサーのケント・マックレイをはじめ
ほとんど「大草原の小さな家」、「天国のハイウエイ」でも続投しています。「大草原の小さな家」で描かれていることは、ほとんど彼の人生や人生感が反映されていると2人目の奥さんリンの連れ子シェリルは回想しています。
とくにシェリルが交通事故で生死の境をさまよったとき、マイケルは「娘を
助けてくれるなら、私はこれから世の中の役にたつようなことをします」と神様と約束した
といい、その祈りがとどいて奇跡的に助かったことは「光りよもう一度」に深く
反映されています。また、シェリルがその交通事故の痛みどめの薬から薬物依存になった
ことも、Home Again で描かれていることそのままです。
ところで妻リンとは長い結婚生活ののち、離婚してとても若い
シンディという「大草原の小さな家」でのメアリーのスタンド・イン(代役?)と再婚。テレビ
で培われたイメージと違うということで、大スキャンダルとなります。マイケルが亡くなった時、リンはお葬式に現われませんでした。そのわけは、「離婚したときにマイケルは私のなかで
もう亡くなったから」というものでした。

マイケルはワーカホリックだった一方ヘビースモーカー&ドリンカーで、それが
肝臓癌にいたった原因であると見ずから分析しています。「天国のハイウエイ」終了後、
「US」というシリーズをそれまで長いつきあいだったNBCから離れてCBSで製作企画中
だった1991年春、癌が発覚し自分の闘病の意思をマスコミに公表。
痩せ細った身体で、長年の友人であるジョニー・カーソンのショーに出演して
マスコミ、とくに3流タブロイドの批判を繰り広げるなど、病気をおして積極的に
活動します。
治癒の可能性は限りなく低かったために、薬漬けやチューブだらけになるよりはと、
従来の科学療法ではなく、自然療法(食べ物や生活態度を変えることで治癒を
めざす)を選びましたが闘病の果てに同年7月に亡くなりました。彼の最期は、まるで
「思い出」でのジュリアそのものです。養子、実子をあわせてたくさんの子ども達や家族とは
最期までユーモアと明るさをもって接しました。

<資料:シェリル・ランドンの手記「私はパパに約束したの」/
米・ライフ誌1991年5月&12月の告白記/A&Eによる伝記番組など。>