米ケーブルテレビ E!(Entertainment Television) にて、

メリッサ・ギルバートのTVバイオグラフィー(伝記)

が放映されましたので、抄訳をお送りします。

10/20/99 ETV "Cerebrity Profile" (10:00 p.m. PST/EST )

<内容>生い立ち*デビュー*青春時代*「悲しみをこえて」*「大草原」以後のキャリア*現在のメリッサ

*このテレビ局(E!)の番組は日本のケーブル/CSでも編集されて放映されているのを見かけたことがある記憶があります!


メリッサは、1964年5月8日にうまれた翌日、正式にポール・ギルバートとバーバラの養女になりました。
父ポールはラスベガスなどのナイトクラブを中心にコメディアン、俳優、バンドリーダーとして活躍しており、
また母バーバラはダンサー(時どき女優)、バーバラの父も著名な喜劇ライター(Harry Crane 。代表作は"The Honeymooners"
今年の9月に亡くなっったそうです。)という芸能一家で、父ポールの巡業にはいつもみんな一緒についていったそうです。
さすがに芸能一家だけあり、メリッサがほんのちいさなころからのホームムービーがうらやましいくらい残っているのには
ビックリ。ハワイの巡業先で舞台にあがってそれはかわいらしくダンスを踊る姿も残っているんですが、それが
まだたった2才のときのこと!このとき、観客からは拍手喝采だったそうです。それがメリッサの芸能活動のはじまりかな?
「大草原の小さな家」でデビューするまでの71〜73年は、私立の学校にいくかたわら、もっぱらコマーシャルで活躍していたそうです。
どんな商品でも「あたしこれ大好き!」とほんとに大好きなような自然な演技だったと母バーバラ。当時のCMの一部もすこし放映されました。
そのころの親友のトレーシ・ネルソンが登場。歌手のリック・ネルソンの娘さんだとのことです。また、
メリッサのゴッドマザー&ファーザー、ミッチ・マコール&チャーリー・ブリルも登場します。
メリッサが8才のときに最愛の両親が離婚してしまい、それがメリッサにとっての最初の試練だったとのことです。
4年前にジョナサン(テレビではウイリー役)が養子としてやってきたばかりでした。73年、運命の「大草原の小さな家」
のオーディション。そのときのコールシート(順番表)がまだ残っていました!
メリッサはマイケル・ランドンが誰だかちっとも知らなかったし、ボナンザなんて見たこともなかったそうです。
それがかえって良かったのかも、とメリッサ。マイケルのお陰でロケ現場はいつも笑い、ユーモア、愛情があふれていた、
とネリー役のアリソン。テレビの中では敵同士のメリッサとアリソンでしたが、カメラの外では大の仲良しで
いまでも親友なんですって。いちばん心に残っているのは、アルマンゾをとりあいして泥のなかで
喧嘩したシーン!ふたりは喧嘩のシーンが大好きだったんですって!
母バーバラは再婚しサラという娘が生れますが、メリッサとサラの間には
なんの確執もなく、むしろサラにとってメリッサは母親かわりのようなものだったそうです。クリスマスになると
メリッサはクルーたちなどから沢山のプレゼントをかかえて帰ってくるのに、サラにはそれがないのがうらやましかった
そうです。(サラも現在女優さんで、「ギルバート」姓を名乗っています。)
つぎの悲しい出来事は、76年の2月にポール・ギルバートが突然発作でなくったことでした。ますます
メリッサはマイケルを「お父さん」として慕うようになったそうです。自分の義理の父よりも、、、。
そのころのマイケル&リン・ランドン夫妻との家族ぐるみのおつきあいは
それは楽しく、なごやかで、とっても居心地のよいものだったとメリッサは語っています。
さて、「大草原の小さな家」に出演中もコマーシャル出演は続けていました。その頃の一本、
ドッグフードの「アルポ」(現在、フリスキーから日本でも発売中です!)のCMでは、ドラマでのイメージ
そのままに三つあみのお下げと、ジーンズ&チェックのシャツといういでたちの牧場の娘さんで登場!
そしてメリッサは弱冠15才で「ハーフ・パイント・プロダクション」という自分のプロダクションを設立。
ハーフパイントは、もちろん「大草原の小さな家」のなかでのローラのあだ名です。ロケ現場やふだんでも
メリッサはこう呼ばれることが多かったみたい。
会社設立後最初の作品、「奇跡の人」(テレビ映画、日本では劇場公開)でのヘレン演技ではエミー賞にノミネートされます。
このときサリバン先生を演じたパティ・デュークは、むかし映画版「奇跡の人」でヘレンを演じた女優さん。
彼女は今でもメリッサの親しい友人として登場します。
次の作品は「アンネの日記」(テレビ映画)。批評家たちに絶賛されます。
このころ高校生だったメリッサのデートのお相手はクラスメートのマイケル・ランドン・ジュニア。
プロムのお相手でもあり、「ハイスクールスイートハート」(日本語ではなんていうのかな?)
だったんですって。2人でとった写真もたくさん残っています。
そして、ここで、メリッサの爆弾発言が。「ここで初めて世界中に告白するんだけど」
とメリッサ。「初めての体験は、テレビ映画「草原の輝き」でのお相手だった人となのよ」(!)
さて、その彼とはもう2度と会うこともなく、17才のときにロブ・ロウと出会い、それからというもの彼が
メリッサの生活の中心となります。ロブが「セントエルモスファイアー」でブレイクする4年前のことでした。
「私達は、一緒に映画にいったり、ビデオを借りたり、ダンスしたり、ふつうの学生とまったく同じふうに
遊んだの。ちょっと違うのは私達が芸能人だっていうことでみんなに見られながらってことだけで、あと
ちょっとだけお金持ちだったってことかな」85年の20才のときにメリッサが最年少でロスの「名声の小道」に名前を
刻まれたときの写真には、ロブも一緒に写っていました。けれども、その頃からふたりの仲はギクシャク
しはじめます。86年に婚約するものの、破局。メリッサは翌年逃げるようにNYへ。「それはロブから逃げるためだった」というメリッサ。
そこでホロコーストを生き延びた姉妹を描く舞台にたちます。
そのとき「ブラインドデート」で知り合ったテキサス出身の脚本家ボー・ブリンクマンと出会い、88年ロングアイランドで結婚。
ロスに戻ります。89年に息子ダコタが誕生。このダコタ君が、なんと登場!いやあ、もうメリッサの血を完璧にひいてた堂々たるインタビューぶり。
それも、小さいころの「ローラ」にそっくりなんです!けれども、ボーとの仲は次第におかしくなってゆき、
ふたりでセラピーをうけたりしますが結局のちに離婚します。
さて、母になったことで急に自分の生い立ちを知りたくなったというメリッサは、90年に自分の産みの
父親とラスベガスで再会します。そのとき知ったのは、産みの母は10年前に亡くなっていたということでした。
そして、91年4月。父として慕っていたマイケルが、膵臓ガンであることが公表されます。ニュースを聞いたとき
メリッサが受けたショックは「かなずちで頭をなぐられたくらい」だったとメリッサ。
「わたし、だめ、耐えられない」ともらしたメリッサは、つどんなにらいことがあっても「大丈夫」
と平気なふりをするメリッサらしくなかった、とサラは語ります。実はメリッサは
マイケルがリンと離婚していらい、リンと親しくしていたということもあり
マイケルと10年以上もコンタクトをとっていなかったのだそうです。けれども、6月に再会することができたそうです。
そのときのマイケルは、自分の顔が埋ってしまうくらい大きかった胸は小さく痩せ細り、髪も肌も灰色で
いたたましい姿だったそうです。でも、ユーモアのセンスは忘れていないところ、それがやっぱり「マイク」だった!
91年7月1日、メリッサにとってもっとも心のよりどころだった「父」マイケルはなくなります。
メリッサは「大草原の小さな家」が終ったあとのキャリアを模索しはじめますが、その道は順調ではありませんでした。
92年にロージー・オドネルと共演したシットコムは、なんと!7話で打ち切りに。そのころメリッサはボーと離婚し、
ダコタの養育権をふたりで分けることになります。
そして92年7月、現在の夫ブルース・ボクストレイナー(当時42才)に再会します。
ブルースとメリッサは81年のテレビスペシャルで一度会ったことがあったんだそう。
「いやあ、メリッサはも美しい女性になっていた!あのチビのローラ・インガルスじゃなかったんだねえ」と
(クリントン大統領そっくり顔の)ブルース。ちなみにこの台詞は、まるでアルマンゾですねえ。
メリッサはブルースといっしょにいて、すごく安心できたし、ちょっぴり父親のようにも思っていた、
と語ります。けれどもブルースには前妻のあいだに2人の大きな息子もいましたし、
いろいろあって93年にプロポーズしたものの94年には破棄、
またすぐによりを戻したかと思えばまたブルースが他の女性と婚約したりと、紆余曲折の日々だったようです。そのころ
メリッサは弁護士役の新シリーズ「スイートジャスティス」に主演していましたが、たったの1シーズンで終る、
という憂き目にもあっていました。けれども、ようやく天使はメリッサに微笑みました。95年1月1日、
ふたりはようやくゴールイン。そのときのホームムービーが残っているのですが、これがもうまるで映画のなか
みたい。目を潤ませながら「誓います」というメリッサ。そしてキス。父ポール・ギルバートの写真や
友人の亡き息子さんの写真もピアノの上におかれていました。最初ブルースとしてはもう子供はたくさん、
だったらしいのですが、メリッサには2か月後に赤ちゃんが。ところがその赤ちゃんが3か月も出産予定日よりも
早く産まれてきてしまうという、大事件がおこります。もちろん、誰もが赤ちゃんは死んでしまうだろう、、、
と思っていたそうです。メリッサをのぞいては。メリッサは、マイケルと名づけられた赤ちゃんの容体が安定するまで
数ヵ月のあいだ、ほとんど病院で暮らしていたそうです。赤ちゃんをが生き延びることをあきらめずに信じ、また必死に
看護したメリッサに旦那様のブルースも、パティ・デュークも勇気を与えられたといっています。さて、
現在ダコタは父のボーといっしょにテキサスに住んでいますが、ママがメリッサと聞くとクラスメートは
「うらやましい!」とみんな大騒ぎになるそうです。
現在メリッサは「テレビ映画の女王」なんて呼び名が定着したようです。"Cries from the Heart"以来
出演作品の多くが、問題提起をなげかける、事実にもとずいたシリアスなストーリーです。
新作は10月24日放映予定の「ソウルコレクター」。
この作品のプロデューサーは「メリッサはテレビの歴史そのもの。視聴者はみんな彼女の小さな頃と成長ぶりを
知っているから、すごく親しみやすいのよね」メリッサの目下のプロジェクトは、自分と同じような
子役時代から活躍している俳優のドキュメンタリーの製作と監督。パートナーはやはり子役スターだった
"Leave it Beaver" のTony Dow。テレビ映画の仕事は、お給料が素晴しいこともあり、
一年に4週間だけ。あとは極力子供たちや夫と一緒に過ごすという恵まれた環境のメリッサ。「こどもたちと
こんなにながい時間すごせる母親が他にいると思う?(女優って)すごく素晴しい仕事だと思うわ」

文責:Keiko (10/23/99)

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