海軍川西九七式大型飛行艇(H6K1ー5)

連合軍名称"Mavis"



海軍川西九七式大型飛行艇の編隊

1942年1月6日、快晴の東京の空を、陸海軍機1000機がデモンストレ−ト飛行を行い、太平洋戦争緒戦の勝利を 祝ったが、その際本機の大編隊も参加し、市民の目を見張らせた。 恐らく十数機だったろうが、 低速でゆらゆらとゆれるように進んでいたことを記憶している。
全幅40.0m 全長25.6m 総重量17.5ton  エンジン 金星43型(22型)1,080 馬力4基 最高速度340km/h 武装 20mmx1, 7.7mmx4  爆弾1トンまたは魚雷2本 航続距離 6,080km


1934年、海軍は川西航空機に向け四発単葉の大型飛行艇の試作を指示した。 当時先端をゆくアメリカのシコルスキー、イギリスのショート社の四発飛行艇をしのぐ 高性能機をめざしたもので、日本の航空機産業にとって画期的なものであった。 1938年までに4機の試作機が完成し、同年1月九七式一号飛行艇の名で制式採用された。 本機は基礎設計がきわめて独創的で、米英の同型機をはるかに上回る性能を示した。 日中戦争の後半から太平洋戦争まで、西南太平洋全域にわたって偵察、哨戒、爆撃、輸送と 各方面で重用されたが、低速と装甲、武装の貧弱さから被害が多かった。 7年にわたり 各型合計179機作られたが、終戦時残存したものはわずかであった。  

民間でも使用され、大日本航空(現JAL)のサイパンーパラオーチモール線、サイパンートラック ーポナペーヤルート線の開拓、運営に活躍、南太平洋全域に雄飛した。

民間型川西九七式大型飛行艇の編隊

1942年度東宝映画作品の「南海の花束」では、この九七大艇が活躍する。 南海のラグーンから飛び立つ 大艇の美しさに、われわれは感動したものである。 下方は仏領ポリネシアのランギロア環礁の一部(1985年撮影)


水上滑走にうつる大日本航空「巻雲」ー背景はタヒチ本島のラグーンー


タヒチラグーンの民間型川西九七式大型飛行艇



上の模型は すべて Hasegawa の72分の1。 軍用型のスポンソン銃座などを撤去、塗装を上面を白、下面をグレイとし、「巻雲」 の機名表示を実物写真から転写、Alps MD-5000でデカル紙にプリントして貼り付けた。

巻雲号の機首

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