海軍九六式艦上戦闘機 2号1型後期(三菱・A5M)
8/28/2001up
Mitsubishi Navy Fighter Type 96 (A5M2-1b)
連合軍名称"Claude"
基地上空の九六式艦戦隊。 無塗装の楕円翼が美しい。
翼幅11.0m 全長7.7m 総重量1.2ton エンジン600馬力1基(2 型) 最高速度435km/h(4 型) 武装 7.7mm x2 爆弾 30kg x2 航続距離 1,160km。
1934年海軍は三菱、中島二社に九試単戦(昭和九年に試作を発注した単座戦闘機のこと)の競争試作を命じ、三菱はのちのゼロ戦と同じ設計スタッフでこれにあたり、翌1935年、軽量、好運動性能の単座戦闘機を完成、最高速度450キロを出した。
本機は世界に先駆けて、全面沈頭鋲を採用、また主翼、胴体の構造にも、当時の世界の航空機設計技術の水準を抜く全金属製単葉戦闘機であり、このあと外国からのサンプル機の購入は一部を除き、すべて打ち切られた。
日中戦争勃発後、中国が米英ソ各国から輸入したカーチスホーク、グロスター・グラデイエーター、イ-15、イ-16、などの旧式機などは問題とならなかった。 中国政府の首都の奥地移転に伴う戦略爆撃機の援護には、本機も航続力が不足し、ここにゼロ戦の登場を待つことになったが、太平洋戦争開戦後も仏印、ソロモン、ニューギニアなどで戦い続けた。 総生産機数は982機。
本機の実機は、昭和12年夏、南昌上空で中国戦闘機と衝突、左翼半分をもぎ取られて(相手のイー15またはイー16は墜落)長駆上海の基地まで帰り着いた樫村兵曹長機を、代々木の海軍館に展示してあったのを見学した。本機の優秀性を示している。 樫村兵曹は「体当たり片翼帰還の勇士」として賞賛されたが、のちに太平洋戦争になって戦死。
アメリカ製カーチス・ホークも九六艦戦の敵ではない。
模型は九六艦戦がフジミ(日本)、カーチス・ホーク
はMPM(チェコ)。 いずれも72分の1。 製作 九六艦戦 99.1.6、カーチス 98.8.1.
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