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Hochimin City & Nha Trang Vietnam ベトナム ホーチミン市と古都ナチャン 4/16 Tue. & 17 Wed.
クルーズ船は目的地には朝入港するようにスピードを調整しながら進むが、朝新たな港に入るのはとても気持ちが良い。 たいていの場合、その日は上陸してバスで観光、午後には船に戻って、夕方次の目的地に向かって出航となる。 ベトナム戦争が終わってはや30年、ベトナムはミャンマーとともにアジアの社会主義国家だが、1998年のドイモイ(刷新)政策が始まって以来、経済は活気をとりもどし、いま世界が最も注目する国である。 まもなく入港するベトナム南部のホーチミン市、もとサイゴンだが、無敵と思われたアメリカが 、5万もの犠牲を出して、敗退したベトナム戦争当時の首都である。 今日も純白の巨船は、まだ明けきらないマングローブの湿地帯を右に見ながら、静かに河口を遡ってゆく。 十数台のバスを連ねて港を出発。 すぐに見えるのは田んぼと濃い茶色の牛がたむろしている風景。 一見のんびりした眺めであるが、この国の一人当たりGNPが500ドルに満たないと聞くと、豊かな日本の農村などとは違うのだなと驚かされる。 ![]()
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港から市の中心部までは1時間以上かかるので、途中スーパーマーケットのある広場に駐車、みんなトイレに行く。 バスが止まると、どこからともなく物売りが現れる。 この辺はタイと同じであるが、真剣みが違う。 売る品物は絵葉書、扇子、例のベトナム農民用のとがった麦わら帽からTシャツまで、殆どが1ドル。 ちょっとでも立ち止まると、ワンさとたかってくる。 うるさいからバスから出ないでいても、窓ガラスをドンドンたたく。
タイのときから、扇子を買いたいといっていた絢子が捕まった。 ちょっとでも買う気があると見たら絶対に放さない。 ただしバスには入れないし、物乞いはご法度。 3ドル位のを値切って1ドルで買ってきた。 いったいどうやって仕入れるのだろうか。
何かわからない果物、饅頭なんでももって来る。 バスの乗客が買うかどうか、そんな事はどうでも良く見える。
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| ボー・バン・タン通りに面して建つ、ベトナム戦争の戦跡をそのまま残す戦争証跡博物館。 虐殺や破壊、枯葉剤による奇形児など、陳列には目を覆いたくなるものも多い。 |

庭に飾られたベトナム軍の戦車。 説明文はベトナム語(文字)だけなので読めないが、ソ連製のT34型戦車で、対独戦では「鬼戦車」と呼ばれた傑作。 そうか、ベトナムはかつてソ連の衛星国の一つだったのか。 ベトナム戦争が終わってもう30年になるのかなあ、という感慨が。
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夕刻ホーチミン市の港であるプーミ(Phu My)を出航、ゆっくり240海里を北上して、翌早朝にはナチャン(Nha Trang)の沖0.5マイルの地点に投錨。 ここは接岸する港もない小さな町である。 テンダーというこの船備え付けの動力付きボートを、船と岸壁の間をピストン運転して先客を運ぶ。 |
ここは2世紀から15世紀までこの地域を支配していたチャンパという王国の中心地で、独立ベトナム王国であるリー王朝に代るまで続いたところだという。随分古い歴史があるのだな、と認識を改める。
貴重な遺産であるはずだが、これらの石窟のような仏寺は、観光用としてもあまりよく保存されているとはいえない。 困るのはベトナム語(文字)だけで説明されていること。 ガイドも明快な英語で話すわけではないから、予備知識がないと何のことかわからない。 この寺も中は真っ暗で8畳敷きくらい、僧侶らしきベトナム人が3人ほど無言で立っており、怪しげな彩色の仏像、さらにその後ろに「神」と称する像が鎮座している様が、辛うじてわかるといったところ。 仏教に神さんがいましたっけ。 これからも多数の観光客に見せ、かつ保存していくためには、ベトナム政府にしっかりしてもらわんといかん。 これはタイを始め、各国共通の問題。 目先だけでは観光資源の食いつぶしになる。