Quantan・Malaysia
マレーシア・クアンタン


4/13 Sat.




 クアンタンといえば間違いなく私の脳裏にうかぶもの、それは1941年12月10日、ハワイ空襲の2日後、この海で起こった壮絶な戦いだ。 当時マレー半島北部に上陸中の日本陸軍部隊を砲撃壊滅せんと、シンガポールから北上してきた英国太平洋艦隊の戦艦レパルスとプリンスオブウエールスを、僅か85機の日本海軍の陸上攻撃機が、このクアンタン沖、まさにこの場所で捕捉、撃沈してしまったのだ。 正々堂々、正面から難敵に挑んで、世界でも初の、行動中の戦艦を航空機で沈める、という偉業を成し遂げたのだ。
 あれから60年、いま朝日は昇り、平和な一日が始まろうとしているが、この海であの戦いが行われ、敵味方多くの将兵が今なお海底深く沈んでいることに思いをいたさざるを得ない。


バスを連ねて寒村を行く。 最初のストップは海浜の村。 産品は魚の干物。






クアンタンの中心街



マレーシアはもともと英国の植民地。 英国も植民地で阿漕なことをした点では人後に落ちないが、彼らの残したものもある。 この田舎にまれな立派な建物だ。 いま街には日本製の中古車があふれ、ホンダのバイクが走り回る。 だが国を憂うバスのガイドの青年も、殆どが欧米人のこのバスで、日本についてふれたのは、英国の戦艦がここの沖で沈んだ事、ヤマシタが60日でシンガポールまで占領した事以外は、今の日本とのことはなぜか何も口に出さなかった。




広場でくつろぐ人びと。 おそらく土曜日だからゆっくりしているのであろう。 女性は回教の影響だろうか、頬かむりスタイルである。 バスターミナルは人でごった返しているが、ちょっと離れると、ゆっくりした時が流れている。






巨大な一本のバンヤン樹の下で記念写真。 この日も気温は30度C。 タイほどではないが蒸し暑く、あまり良い気分ではない。 「フォトジェニック」な顔を作るのも億劫な感じ。冷たいビールが飲みたい。




海岸へでていい気分。 白い砂、青い海。 スイス系のホテルの専用海岸である。 いったい誰が利用するのか。 名物のタコ揚げ、こま回し、マレーシア式空手、なんでも観光資源だ。










さるクンも観光産業に動員される。 この彼は椰子の実落としの名人。 日本サルよりかなり大きく従順。 命令で高い椰子に上り、実を落とす。 その限りでは人間と の距離は近そうだ。 頭はいつも椰子の実とりで一杯かな。








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