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長崎 4/27/2002 Fri.
ふと外に朝の気配を感じ、起きだしてカーテンの陰から覗くと、船はいままさに長崎の湾口に差し掛かっている。 灯台が見え、教会が見え、学校が見える。 心なしかすべてがこじんまりとまとまっている。 久方ぶりのわが祖国と感激バカぶりを発揮。
まもなく三菱重工の長崎造船所が見えてきた。 巨大なガントリークレーンだ。いま長崎の二次産業の比率は2割にすぎないが(観光など三次産業が7割)、かつては世界一の巨艦「武蔵」を建造し、戦後は30万トンタンカーなどで日本の造船業を世界に雄飛させたところだ。
長崎市の入港歓迎の噴水。 さすがアジア広しといえども、クルーズ船を歓迎するのは日本だけか。 もっともいま当地では、このプリンセスクルーズの発注で10万トンの新造船を建造中(下)。 当たり前といえば、当たり前だが...
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前々から長崎ではプリンセス仕立てのバス観光をやめ、日本の観光バスに乗ってみよう、ということにして、友達から資料を送ってもらったりしていた。一つには日本式に細かく案内してもらおうということ、もう一つはプリンスのバス旅行がかなりボッてるからボイコットしようということ。 クルーズ料金の値下げ競争がきついので、こういうところで巻き返しを図っているのだ。 9 時前に下船、道を聞きながら市電に乗る。 市電にはクルーズの客たちも乗っているので、ほぼ満員だ。 一回乗り換えて国鉄長崎駅へ。 駅や周辺の街はすべてがきちんとしていて、朝日を受けて人も車も効率よく動いている。 ちなみにプリンセスが、市電や徒歩の観光をパンフレットに 掲げているのはここだけ。 (大人一人50ドルもとってる。 ガイド料だけで? もっとも船内で使い古しのラップトップの借り料15分で10ドルとは。) 11時のバスに申し込んで、オムスビ弁当を買い、時間待ち。
待合室にいた10人ほどの客と、運転手、ガイドが乗り込んで11時きっかりに出発。 ガイドさんはこの人で、かつて新潟県の燕三条で乗ったガイドさん(見るならクリック)ほどではないが、抜けるように色白で一応容姿OKでしょ。 赤白の制服と白手袋がいい。 運転手は田舎のおじサンという感じで、ガイドには上司みたいな口利きだが、きっちりしていて運転も安全、正確そのものだ。乗客は停年退職したばかりで、旅行して回ってるおじさんと奥さん、白人の女性3人を連れた英語があまりうまくない女性、その他。
まず初めは日本最古の木造の教会といわれる浦上天主堂へ。 巧みな運転で狭い路地に入り、市営バス用のスポットに駐車。 旗を持ったガイドに連れられて坂道を登るにつれ、あることに気がつく。 それは大変な数の多分修学旅行の生徒たちだ。 小学生から高校生まで、あるものは制服、あるものは日常着、道路にペタンと座るもの、三々五々集まっているもの、さまざまだが、とにかく道といい、階段といい、お堂といい、子供が埋め尽くす。
ちょうど祈祷中のお堂に生徒たちと押し合いしながら入る。 内部は美しい飛び梁が特徴、かつて建築技術者として携わった京都三条河原町教会の解体工事
が思い出される。 そっくりの内装、あれは確か明治23年建築のものだった。
いま三重県明治村に残されている。右は原爆資料館に保存された原爆により破壊された天主堂の一部。 再び押し合いながら外へ出て、裏山伝いにグローバー邸のほうへ向かう。 天主堂とグロバー邸がこんなに近いとは知らなかった。 いや実は以前に、この長崎を訪れているのだが、50年の歳月はすべてを忘却のかなたへ流し去ってしまったらしい。
丘の小道をグローバー邸への途中、こんな広場がある。 人は一人も居らず、生徒たちもどんどん通り過ぎてゆく。 着物女性の像のバックの石壁には楽譜が...。「ある晴れた日に」のあのメロデイー、ああそうだ、ここはプッチーニの歌劇「蝶々夫人」の舞台になったところだった。 米兵ピンカートンに囲われて子供まで作り、もともと現地妻のつもりだったこの男を待ちに待って...。 こんな話、いまのこの子達には関心がない。 ここだけは緑陰が静かだ。
ガイドのおねえさんの旗に誘導されて入館。 ここも中学生、高校生の団体が...。 みな記念撮影に専念していて、例のカニのはさみのポーズだ。 全体的にはお行儀がいいが、「鬼ごっこ」をしてるのもいる。
これらは廟を取り巻く72体の賢人像だが、すべて中国から運ばれたものという。(このオジサン遂に動いてくれなかった。) 孔子を祀る本殿の奥の博物館には、貴重なものらしき中国の工芸品などが展示されているが、限られた時間では走り見するのみ。
![]() ふと気が付いたこの石の彫刻、これらも中国から運ばれたと説明されているが、象のように見えるし、トラのようでもある。 古代メキシコの神殿によく見られる翼の生えた蛇の神ケツアルコアトル(見るならクリック)、インドネシアの鳥の神ガルーダになんとよく似ていることよ。
原爆の爆心地近くの平和祈念公園。 聞いたりTVで見たりでおなじみの平和像だが、実物は始めて。 この世界最大のブロンズ像の前で、この子達一体何してると思う? 訪問客を捉まえて、用意した質問をぶつけ、回答を記録するという宿題をやっているのだ。 今回見てきたアジアの子供たちと比べ、日本の子供たちはずば抜けて裕福な生活、学ぶ機会も十分与えられているようだが、なんとなくお仕着せという感じが否めない。 やはりハングリー精神とかいうものの問題かもしれん。
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帰り道、ガイドの歌う「ああ、長崎の鐘がなる」の歌を、物悲しく聞きながらバスは長崎駅へ戻る。 同乗の客、運転手、ガイドさんらに別れを告げて、そこから再び市電に乗り、いよいよ船中ながらく待望の「長崎ちゃんぽん」を食べに中華街へ。 この清潔な街のそこはかとない暗さはどこから来るのだろうか。 それは、半世紀前に受けた世にも冷酷な決断とその結果を世に訴え続けている悲しみの心のゆえかもしれない。 |