シグナル伝達物質 一酸化窒素(NO)の発見

−R.F.ファ−チゴット博士、L.J.イグナロ博士、F.ムラド博士の業績−

中根 正樹(アボットラボラトリ−ズ)


1998年のノ−ベル医学生理学賞は、大気汚染にもかかわる一酸化窒素(
NO)というきわめてシンプルで非常に不安定なガス状の化合物が、実は生体内で広く合成され、しかも血管弛緩の情報伝達物質としての役割をはたしていることを明らかにしたニュ−ヨ−ク州立大学のRobert F. Furchgott名誉教授、カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校のLouis J. Ignarro教授、テキサス大学ヒュ−ストン校のFerid Murad教授の三人のアメリカ人に贈られた。Muradと1984年以来一緒に仕事をした者として、三人の受賞には感慨深いものがある。

グアニル酸シクラーゼの活性化物質としてのNO

当時ヴァージニア大学、その後スタンフォード大学にいたMuradは、サイクリックGMP とその合成酵素であるグアニル酸シクラーゼをテーマに活発に研究を行っていた。その中で、アセチルコリン、ブラジキニンなどの血管を弛緩させるホルモンが、カルシウム依存性に血管平滑筋のサイクリックGMPを上昇させ、サイクリックGMP依存性蛋白質燐酸化酵素を活性化させることを見いだしていた。しかしアセチルコリン、ブラジキニンなどは、血管のサイクリックGMPを上昇させるにもかかわらず、試験管内でグアニル酸シクラーゼを直接活性化することはなく、またグアニル酸シクラーゼ活性にカルシウム依存性は見られなかった。

1975年、グアニル酸シクラーゼの活性測定系に、基質であるGTPの分解を防ぐためにアジ化ナトリウムを添加したところ、グアニル酸シクラーゼが活性化されることに気がつき、さらにニトログリセリンをはじめ、他のいろいろなニトロ化合物もグアニル酸シクラーゼを活性化することを見い出した。 その後1977年には、これらのニトロ化合物(彼はこれらをニトロ血管弛緩物質:nitrovasodilators と呼ぶことを提唱した。)はNOを介してグアニル酸シクラーゼを活性化すること、さらにNOガスそのものがグアニル酸シクラーゼを活性化することを報告した。 

同じころ、Ignarroのグル−プも精力的にグアニル酸シクラーゼの活性化物質を検索し、一連のニトロ化合物がグアニル酸シクラーゼを活性化することを見いだしている。この時点では、ニトロ化合物はほとんど唯一のin vitroでもin vivoでもグアニル酸シクラーゼを活性化する物質であったが、まだ内因性の活性化物質としては捉えられてはいなかった。


EDRFの発見

一方、その当時ワシントン大学にいたFurchgottらは、血管系のホルモンによる調節機構に興味を持ち研究を続けていたが、偶然、内皮細胞を傷めてしまった血管の標本を使うとホルモンによる血管の弛緩が起こらないことを見い出し、1980年に血管の平滑筋を弛緩させる物質を血管内皮細胞が作ること、アセチルコリン、ブラジキニンなどのホルモンは内皮細胞からこの物質を放出させることにより平滑筋を弛緩させて、血圧を調節していることを報告した(図1)。 彼等は、この物質をEDRFendothelium-derived relaxing factor, 内皮由来弛緩因子 )と名付けた。当時、彼らはこのEDRFをすでにフリーラジカルではないかと考えていたようである。


EDRFNOであった

この重要な発見に注目したMuradは、EDRFとニトロソ化合物が同じようにグアニル酸シクラーゼを活性化してサイクリックGMPを上昇させ、同じ蛋白質の燐酸化を引き起こすことから、NOあるいは類似のフリーラジカルがEDRFそのものではないかという考えを提唱し、初めてNOが内因性の情報伝達物質として働いている可能性を示唆した(図2)。 Furchgottも1987年の総説で、主に彼のグループの薬理的データからEDRFNOそのものである可能性を主張し、 同じ年に Ignarroたちも、EDRFNOがその薬理的、生化学的特性がきわめて類似していることから、同様の結論を得た(図3)。

しかしEDRFは半減期が秒単位の非常に不安定な物質であるためにその同定は困難を極め、ようやく1987年に Moncada のグループが、内皮細胞がブラジキニンの刺激により放出するNOを化学発光を使うことによって初めてとらえることに成功し、EDRFNOがその薬理的、生化学的特性がきわめて類似していることと合わせて、EDRFNOそのものであることを示したのである。


その後の発展

サイクリックGMPとグアニル酸シクラーゼが広く生体内に分布していることから、その活性化物質であるNOEDRF以上の分布と機能を持つことが予想された。事実、免疫系ではマクロファージがLPSによって活性化されて大量の硝酸、亜硝酸を産生する細胞として同定され、さらにL-アルギニンがこの代謝の基質として、NOがこの代謝の産物として同定され、 免疫系の硝酸代謝と血管系のEDRFとがNOで結び付いた。

神経系では、東京都神経研の出口武夫のグループが1976年、脳のシナプス可溶性分画に高いグアニル酸シクラーゼ活性を見い出し、それが内在性のグアニル酸シクラーゼ活性化物質のためであることを報告した。この内在性活性化物質を精製したところ、L-アルギニンと同定された。 さらにL-アルギニンによる活性化とNOによるそれとを比較し、両者による活性化が共通した機構によると考えられることを報告している。その後、Garthwaiteは脳のスライスを用いて、NMDA受容体を刺激するとカルシウム依存性にNOと同様の薬理的、生化学的性質を持つ物質が作られ、グアニル酸シクラーゼが活性化されてサイクリックGMPが増えることを示した。

これらの研究をきっかけにして、生体内で広くL-アルギニンからカルシウム依存性の酵素反応によりNOが作られることが明らかになり、血管系、免疫系、神経系からそれぞれNO合成酵素が単離精製、さらにはcDNAのクローニングにより別々のアイソフォームとして同定され、またNOが広く生体内に分布して、さまざまな情報伝達に関わっていることが明らかになったのはご承知のとおりである。


バイアグラとNO

この三人のノ−ベル賞受賞のニュ−スを、アメリカのジャ−ナリズムは一斉に「バイアグラの作用機構の発見がノ−ベル賞を取った」とセンセ−ショナルに伝えた。当たらずと言えども遠からずではあるが、これには多少の説明を要するだろう。

脳はNO合成がもっとも盛んな組織の一つであり、nNOS(神経型NO合成酵素)と呼ばれるNO合成酵素のアイソフォ−ムによってNOが作られている。ところが、nNOSのノックアウトマウスを作成してみると、脳にはあまり大きな変化が見られず、むしろ消化器系を中心に異常が見られることが明らかになって、nNOSによって作られるNOの末梢における機能が注目されてきた。末梢にはアセチルコリンやアドレナリンを神経伝達物質としない第三の神経(これをnon-adrenergic non-cholinergic nerve: NANC神経と呼ぶ)が発達しており、この神経の伝達物質が実はnNOSによって作られるNOなのだということがわかってきた。そして、このNANC神経が支配する組織の一つがペニスの血管平滑筋である。図4に示したように、中枢からの刺激によってNANC神経末端からNOが伝達物質として放出され、それが血管平滑筋に取り込まれてグアニル酸シクラ−ゼを活性化し、作られたサイクリックGMPによって局所的な平滑筋の弛緩、血管の拡張が起こる結果、勃起が起こる。バイアグラは、サイクリックGMPの分解酵素(ホスホジエステラ−ゼ  type 5)を特異的に阻害し、サイクリックGMP濃度を高く保ち、局所的な平滑筋の弛緩による血管の拡張を維持することにより、その作用を発揮するのである。


おわりに

ノ−ベル賞には常に光と影がつきまとう。この三人が光であるとすれば、さしずめ影はEDRFNOと同定したロンドン大学のSalvador Moncada教授や、NO合成酵素の精製とクロ−ニングをいち早く行ったジョンスホプキンス大学のSolomon Snyder教授であろう。もちろん、ここに取り上げた他にも多くの優れた研究者たちの努力によりNOの生体内情報伝達物質としての地位が確立されたのであって、その意味で FurchgottIgnarroMuradの三人だけがノ−ベル賞をもらったことに疑問の声がないわけではない。受賞者たちへのプレスインタビュ−で、Moncadaが受賞を逃したことをどう思うか、という質問が真っ先に飛び出したとも言われる。しかし早くから新しい情報伝達機構の重要性に気付き、それまで大気汚染物質に過ぎなかったNOを、生体内の新しい情報伝達物質として世に提唱した三人の業績は、十分評価に値するのではないだろうか。

Alfred Nobelはニトログリセリンを材料としてダイナマイトを発明し、それによって巨額の財産を得たが、Nobelが狭心症で倒れ、彼の医者がニトログリセリンを処方したとき、Nobelは頭痛を起こすと言って飲むのを拒否したそうである。後に彼は手紙に「医者にニトログリセリンを飲めと言われるとは、何と皮肉なことか。」と書いている。以来、ダイナマイトの原料でもあるニトログリセリンは、長きにわたり狭心症の血管拡張薬として使われてきた。そして100年以上たった今、ニトログリセリンはNOを放出することによりサイクリックGMPを介して血管拡張を引き起こしていることが明らかになり、その研究が今回ノ−ベル賞を受けるというのは歴史の巡り合わせというものだろうか。



追記

Robert F. Furchgott(82歳)は、ワシントン大学、ニュ−ヨ−ク州立大学で一貫して血管の収縮弛緩の機構を研究してきた薬理学者であり、現在はニュ−ヨ−ク州のヒュ−レットで静かな余生を送っている。学会には今もってよく顔を出し、前に座って時々鋭い質問をするが、普段は穏やかな紳士である。

Louis J. Ignarro教授 (57歳)は、コロンビア大学を卒業後、ミネソタ大学、NIHを経て現在カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校の教授である。血管系を中心にサイクリックGMPNOの生理作用を薬理学的、生化学的手法で精力的に解析してきた。人当たりの良い、いつも笑顔を絶やさぬ良きアメリカ人であるが、その瞳の奥に激しい研究に対する情熱を秘めており、仕事の話を始めると止まることを知らない。

Ferid Murad教授(62歳)はシカゴ生まれで、苦労してウェスタンリザ−ブ大学医学部を卒業してMD PhD を取得後、マサチュ−セッツ総合病院、NIH、ヴァ−ジニア大学教授、スタンフォ−ド大学教授、アボットラボラトリ−ズ研究所長などを経て、現在テキサス大学ヒュ−ストン校の主任教授である。あまり陽の当たらないサイクリックGMPを信念をもって研究の対象としてきた情熱は、サイクリックGMPの構造式を額に入れて家に飾っているほどであり、敬服に値する。かといって気難しいところはなく、自由に研究をさせてくれる付き合いやすい人である。


参考文献

1.Furchgott, R. F. and Zawadzki, J. V., Nature, 288, 373-376 (1980)

2.Murad, F. et. al., Adv. Pharmacol. Ther., 3, 123-132 (1978)

3.Murad, F. et. al., Adv. Cyclic Nucleotide Res., 9, 145-158 (1978)

4.Murad, F., J. Clin. Invest., 78, 1-5 (1986)

5.Furchgott, R. F., Mechanisms of Vasodilation Vol.IV (ed.Vanhoutte,P.M.)(Raven Press, New York) pp. 401-414 (1987)

6.Ignarro, L. J. et. al., Cir. Res., 61, 866-879 (1987)

7.Palmer, R. M. J., Ferrige, A. G. and Moncada, S., Nature, 327, 524-526 (1987)