2002年3月10日『美しの門にて―期待と落胆とイエスの御名』使徒の働き3:1〜16
神の存在を知る以前の私たちの人生は、期待と落胆の連続である。
期待しては裏切られる。反対に期待させては裏切る。期待と落胆の狭間で一喜一憂するのである。落胆が小さければそれはいい人生と言えるのか。期待がそのまま成就する連続が素晴らしいのか。そのような期待と落胆を天秤にかけて、どちらが重いかと考える人生である。その度に諦めや刹那主義の中に、埋没してゆく。そして人間不信に陥ってしまうこともある。
では、神の民となった私たちは何に期待して行くべであろうか。落胆の時にもイエス様の御名によって神の奇蹟を信じてゆく信仰を共に学びたい。
@足のきかない男の期待と落胆
実際に、この出来事は私をびっくりさせるものである。私自身、数十年前。東京の上野という町の通りで、そういう人の前を通ったことがあった。私はその時、どう答えたらいいのか分からなかった。私は彼に近づくべきだったのかと考えさせられた。もしそうだとしたら、どういう風に近づくべきだったのか。それとも、放っておいたほうがいいのであろうか。
この「美しの門」にても、同じ光景が見られたことであろうか。巨大な二重の扉と堂々としたこの門の前で、その門の名とは裏腹な、一人の男が座っていた。この男は、4:22節を見ると、40歳余りの人だと記されている。普通だと働き盛りの年齢のこの男は、生まれつき足を自由に動かすことができなかった。「今日は、どうかか、駄目かな、いいかな」といつも気をもんでいた。期待と落胆の連続であったであろう。また2節の最後を見ると、<宮の門に置いてもらっていた>とある。察するに、「いつも悪いなあ、済まないなあ、やっかいをかけるなあ」と、人にいつも気を使っていた。感謝もあるが、逆に体調があまりよくない時は、「置いてもらう場所が悪いのでは」とか「置く角度が悪いのでは」と不平を心の中で呟いていたかもしれない。この人は、その日も別に何か素晴らしいことが起きるとは思っていなかった。もちろんその日の午後に歩いて家に帰ることができようとは思わなかった。
A大胆に手を差し伸べるペテロとヨハネ
ペテロとヨハネは、この美しい壮大な真鍮の門に感動して、その話で夢中になることも当然あり得たことであった。宮での夕べのいけにえのために、歩いて行きながら、近頃の出来事の話に心を奪われ、この足のきかない人を無視したり、気がつかないふりをするということも当然あり得たことであった。
しかし、彼らはそうではなかった。4節と5節を見てみよう。「私たちを見なさい」と彼らは言った。この男の目に期待が宿った。男は何かもらえると思って、二人に目を注いだ。緊張の一瞬である。すると、ペテロが言った。「金銀は私にはない」。男に落胆の色が漂う。「しかし、私にあるものを上げよう」とのペテロの言葉に、この際、何でもいい、と男は思った。しかし、出てきたものは物ではなかった。「ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい」という言葉であった。彼らは自分たちの信心深さを見せびらかすどころか、聖霊に敏感で、その人の必要に答えるのにすばやく、ある意味で強引でさえあった。
ペテロが、自分は何も持っていない。しかし主イエスによって、この状況で必要とされることについての絶対的な権威を持っていると確信をしていたのである。マタイ5:5〜6節<柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです>で見るように、神はそのような絶対的権威を持つ神への依存、信頼を重んじられる。私たちは、そのようなキリストご自身への信頼をもう一度自分のものとする必要がある。私たちは、様々な期待を人にし、また自分の力で期待されたことを実現させようとしている。けれども神に信頼し神に求めるよりも、自分たちの持っているもの、自分たちの力を頼りにして何かをやろうとしているのではないだろうか。その結果は、神が行われる全面的な変革ではなく、一時凌ぎの、ばんそうこうで終わるのである。
7節から10節を見てみよう。
主はこの人をいやされたのである。この人にとって、まさに心の、霊的な<美し門>となったのである。ペテロとヨハネは、主がそのわざをなすと信じ確信していたのである。主に信頼していたのである。
B「イエスの御名」による神のみわざ
私たちはよく知っている。自分を実際の姿よりももっと大きく見せるために、自分の友人か親族であるかのように有名人の名をひけらかすのが好きな人がいることを。これは、人を道具にしているもので、権力を振るう一つの方法である。ですから、キリスト者である私たちは、人の名を決してひけらかすようなことがあってはならない。
ペテロがそのように考えなかったことは確かである。また、しるしや不思議に心を奪われて、主ご自身よりも、力を慕うようであれば、それは迷いの道に踏み込むことになるということも知っていた。
いやされた人は、ただ感謝感激の思いでいっぱいであった。彼が、ペテロとヨハネにぴったりとついて行こうとしたことは、充分想像できることである。彼は生まれて以来そのように誰かに信頼し、頼ることはなかったに相違ない。
しかし使徒たちは、彼の自分たちへの感謝の気持ちが募る余りに、主イエスの御力と愛に向かなくなるようなことは、あってはならないことをよく知っていた。賛美はただ主ご自身のものである。以前、宮の庭でした即席の説教の時と同じように、ペテロは、人々の注意を自分からそらしてイエス・キリストに向ける点で第1級の能力を示している。その力が使徒仲間からも、また多くの群集からもそう見られてもおかしくはない。しかし彼は、<イエスの御名>による神のみわざと確信しそれを示したのである。
いやされた人を追いかけて壮麗なソロモンの廊に大ぜい人が集まってきた。
11〜16節を見てみよう。
その男をいやしたのは、使徒たちの個人的な力や善意ではなく、また信仰深さではなく、主イエスの御名による力である。<イエスの御名>、それはイエスの人格と属性を表すもので、その名によるいやしは、キリストの持っておられる力と権威によるものであると、ペテロは示したのである。イエスは、彼らが敬う神の栄光を受けたしもべ、聖く正しい方、キリストであり、このイエスがこの人をいやしたのである、と。そして、脇の方から熱心に見守っているのでは充分ではない。ペテロは、彼らも直接にキリストの力と赦しを経験することを勧めたのである。19〜20節を読もう。
私たちは、しるしや不思議がすばらしいと言って、それ自体に目を奪われてはならない。主ご自身の聖霊による救いのみことばと御名を大切にしたいのである。
ペテロが自惚れに駆られたり、自分の偉大さを認めさせようとするようなことは何一つなかった。自分の親派を集めたりすることもなかったのである。常に最終的に、イエス様の栄光のみが現されるようにと願い、歩んでいたのである。私たちは、他の人たちに信仰といやしと祝福をもたらすために、イエスの御名を謙遜に口にすることができるように願いたい。自分を常に主の十字架の陰に隠して、自分の栄光でなく、主の栄光を現す信仰者でありたい。
<祈り> 私をいやし、造り変えてくださった主よ。
主の驚くべき恵みと力によるみわざを感謝します。それと同時に、
ますます主ご自身を知り、主を愛する者とならせてください。