共依存という言葉があります。他人に依存して、自分よりも他人(特定の人)の事の方に意識が向いてしまう。他人をコントロールしようとしたり、また、他人から頼られる事で満足感を得てしまったりして、自分の感情が他人によって決められてしまうタイプの人をいいます。依存症者と共存している人にとって、この状態は少なからずとも、必ず起きるものだと思います。

依存症者を取り巻く人の行動や思想は、大きく分けて以下の三種類に別れます。

Enabler イネイブラー
依存症者の世話を焼いたり、失敗の後始末をし、困った時には助けてやり、結果 的に依存症者に飲酒を許してしまう人。依存症者はその人の存在に甘えて、自分の飲酒の問題の深刻さを正確に捕らえる事ができずに、いつまでも飲み続けます。イネイブラーは、頼られる事や「自分がいないとこの人はダメ」と思う事に満足し、依存している共依存のタイプ、自分がいないとその人がどうなってしまうか心配で仕方がないという感じで、常にそれに気がついて欲しいと思っています。行動の例は以下
・酒瓶の後かたづけをする ・物を壊したり汚したりしてもその始末をする  ・お酒がないと言って荒れている依存症者を静める為にお酒を買ってきてしまう  ・怪我の手当てをする ・会社などの遅刻や欠勤の言い訳をしてあげる、自分のせいにしてあげる  ・本人がすべき事を代行してあげる ・他の理由でお金が必要だと言われたら、お酒を買うだろうと思ってもお金を渡してしまう ・問題が起きると自分がしっかりしていなかったからと思う ・自分以外の人にこの責任は負わせられないと思う ・朝、遅刻しそうな時は必ず起こす

Provoker プロヴォーカー
依存症者の飲酒を止めさせようとして、事あるごとに飲酒が原因だと言って責めたり、これを機に止めさせようと仕向けたりします。無理にでも本人の非を認めさせたりする事が、かえって依存症者に刺激を与えて、更に飲んでしまうのです。プロヴォーカーは、人を自分の理想に当てはめようとして、人をコントロールする事にばかり気をとられているタイプの共依存、その人の行動がすべて間違っていて正しいのは自分だけだと思い込んでいる感じで、それを証明したいばかりです。行動の例は以下
・家の中にある酒をすべて流しに捨てる ・家にお酒が隠しているかどうか捜し回る ・飲酒によって起きた問題の責任が依存症者にあると認めさせる ・責任をとらせるよう攻め立てる、謝らせる ・無理矢理病院に連れていって病気を認めさせる ・人前で飲酒問題を話し、依存症者を辱める ・「家族が大切なら止められるはずだ」と迫る ・だって貴方は飲んでいたから、と相手に罪悪感を与えようとする  ・こうなったのは飲酒のせいだと言い迫る ・そのつもりもないのに「次に飲んだら離婚だ」とか言う ・無理な約束を決めさせる(今度飲んだら出ていって、次こそ病院にいってくれ、など)

Victum
 ヴィクトゥム
依存症者とは密接な関係ではないけれど、社会的な接触の中で飲酒による被害を受けている人。会社の上司や同僚など、仕事上、飲酒のせいで無責任な問題が起きても、親切だと思って問題をカバーしてくれたり、いつまでもクビにする事なく甘えさせている人の事。また、家族の中にもこの立場の人は存在します。意味もなく依存症者に怒鳴られて傷付いた子供、イネイブリングを許さない事が気に入らないと言って大切なものを壊されたり物理的に殴られたりする妻も、ヴィクトゥムと言えます依存症者の非常識な行動を許してしまっている人や、その被害を受け身になって過ごしているだけの人の事です。このタイプの共依存は特に、行動する事はなく、すべてを自分の中で消化しようと苦しんでいます。 家族の立場でのヴィクトゥムは、精神的なダメージを多く受け、そのリカバリーをしないでいる事で方向を失い、結果 的に依存症者の言うがままにされてしまいます。

この三種類の共依存、一人が一つに当てはまるのではなく、人によっては一人三役、受け持ってしまいます。飲酒をさせたくないので家にあるお酒をすべて捨てたら(プロヴォーカー)、依存症者が怒って暴力を振るうので我慢していても(ヴィクトゥム)、結局殴られるのが嫌でお酒を買ってきてしまう(イネイブラ)と言ったように、共依存の形は様々に現れます。

家族が第一に避けなければならない行動はイネイブラーとプロヴォーカーの行動です。これらの行動の根拠は「断酒して欲しい」という願いからだと思います。でも、これらの行動は結果 的には飲酒を増加させるばかりで、すればするほど悲しい思いをするだけなのです。また、すればするほど「次こそは…」という思いが増して、共依存度が高くなってしまいます。

自分がヴィクトゥムであると思われる人は、その状況を避ける事から始めましょう。暴言、暴力はうけて立つ必要はありません。自分が危機感を持ったら、その場を離れるなどして自分を守りましょう。暴力に関しては 警察を呼ぶ必要性もあります。自分が、依存症者の為に犠牲になる事はないのです。また、視点を変えて「何を言われても病魔の罠だと思って気にしない」という強さも持てます。

家族が、依存症者の周りをぐるぐる回って、飲酒という問題を中心に生活する事で、飲酒問題を大きくしているのです。それよりも、イネイブラー、プロヴォーカー、ヴィクトゥムの役割を止める事で、飲酒問題がそのままの形に留まり、依存症者が余計な困惑を避ける事が出来ます。そして何より、自分を傷つける事を止める事ができるのです。

次のページでは、具体的な飲酒問題とDV(ドメスチェイックバイオレンス)などの例をあげていきます。


貴方の手の中に解決という恵みなくして、問題はあり得ない。
リチャード=バッハ

共依存を断ち切る
家族が演じてしまう役柄を考える