「この人の飲み方、おかしいんじゃないか」、そう思った事はありませんか?依存症と聞くと多くの人が、泥酔するまで飲み、暴れたり怒鳴ったりするイメージを思い浮かべます。でも、それは依存症の目に見えるイメージで、「病気がそうさせている」と認識している人は少ないようです。
アルコール依存症とは、死に至る、また家族を巻き込む精神的な病気です。一度この病気にかかってしまったら、回復への残された道は「一滴もアルコールを飲まない事、断酒」しかないのです。しかし、依存症者はそう簡単に断酒を決意しません。それは、この病気は否認の病気、飲めば飲むほど、お酒無しでは生きてはいけないと、思ってしまうからです。何故なのか?
依存症の始まりは、自己嫌悪、大きなプレッシャー、他人による束縛、他人からのコントロール、コンプレックス、躁鬱、苛立ちなどをお酒で忘れるようにする、自分をお酒でコントロールする、などが多いです。そういった「飲み方」を何年も続けているうちに、お酒が切れた状態で感じる「自分の本当の感情」に対面
する事が出来なくなってきます。これは飲酒中、依存症者は人間の感情的な成長をしないからです。長い間お酒で悩みを忘れようとしてきた人は、酔っていない時の感情は子供のままで、しらふで現実問題に対応することが窮屈になっていきます。更に飲酒の度、自己嫌悪や自分の否を認められない頑固さが肥大し、それも忘れたくて飲んでしまったりするのです。
同時に、物理的な面でも、体内のアルコールを分解するのにかかる時間は、日本酒一合、ビール大ビン一本、ウィスキーダブル一杯で4〜5時間かかります。ということは、これを6倍にした量
以上、毎日飲み続けた場合には、24時間血液内にアルコールが含まれている状態で生活している事になります。体が(正確には脳が)アルコールを含んだ状態に慣れてしまうと、今度はアルコールが完全に分解されると体調がおかしく感じられます。手が震えたり汗が異常に出る、発熱、悪寒、吐き気などなど、アルコールを飲めば治る事を知っている本人は、すぐに飲酒を始めます。
この、心身共にアルコールに漬かった状態の結果、自分でお酒をコントロール不可能になった病気が依存症でしょう。勿論例外もあります。どんなに精神的に安定している人でも、一定以上のアルコールを飲み続けたら依存症になると思います。が、精神的に健康な人はそのような行動をしないはず、なぜなら、飲み過ぎは体を傷つけるばかりだからです。自らを傷つける事は正常でしょうか?飲んだら後から後悔すると知っていながら、止められないのは正常でしょうか?
アルコール依存症は、どこから始るか分らない精神的な病気です。幼児期の経験や育った環境、職場の人間関係、家庭の事情など、精神的な影響を与えるものは日常に溢れています。ただの酒好きがかかる病気ではなく、これらの精神的な影響を管理する為に、酔うことに依存した人の病気だと私は思います。そして、家族である私達は、少なくともその環境の一部であり、依存症者への精神的な影響を変えることができる『かも』しれないのです。
家族の立場の人は、皆、仲間です。同じ悲しみや苦しみを知っています。
一緒に、家族にとってできること、すべきこと、考えていきましょう。
次のページでは、家族には理解出来ない依存症者の行動について、考えてみます。
物事をあるがままの姿で受け入れよ。
起こった事を受け入れる事が、不幸な結果を克服する第一歩である。
ウィリアム=ジェームス(心理学者)