依存症という病気を、病気だと知らずに依存症者と接していると、常識では考えられない行動や発言に腹を立てたり、困惑したりします。止めたいと言ったのに次の日から飲んでいる、飲んでいる時は怒っているのに翌日は御機嫌だった、など、「なぜそうなってしまうのか」わからない事は沢山あります。

依存症という病気は、人の思想をコントロールしてしまいます。本人は止めたいのに、依存症という病気が止めさせない、止めさせない為にその人の考え方を「飲む方向」へと変えてしまう。ここでは、この止めさせない何かを「病魔」と呼ぶ事にします。そして、病魔と依存症者を別 の物であると考えれば、家族は冷静さを保ちやすいと、私は思います。

その人の中に、病魔という名の人がいる。 その病魔は心の中にある、絶対に満足する事のない「それ」だったり、どうしても認めたくない「それ」だったり、正面 を向いて対応出来ない「それ」だったり、人各々です。病魔が何となく苦しくて(一般 的に心苦しいと表現される)お酒を飲んだら、気持ちよく忘れられたので、苦しい時はいつでもお酒が欲しくなります。病魔がお酒を飲みたいと、しつこく時には悪徳な手を使って、その人にお酒を飲ませてしまうのです。

病魔がお酒を要求する時、軽度の依存症の場合は、本人が病魔に気がついていない場合があります。「仕事を辞めれば酒もいらない」「上司が変われば大丈夫」「今日は嫌な事があったから」など、言い訳を考え付いては飲んでいます。家族が飲酒を避難すれば「喧嘩をすれば腹が立つから飲まなきゃやってられないと言える」「お前がそんな態度だから飲みたくなるって言おう」「出て行けと言われれば外で飲める」など、エスカレートすると、その考え方がお酒さえ飲めれば何でもよくなります。依存症者が何でも人のせいにできる事や、うまい言い訳を考えられるのは、病魔が考え付いている「口実」だと思います。病魔の為すがままに飲酒を続けていると、身体的な害を及ぼします。

依存症が重度になるにつれて、病魔は飲まないと身体的に苦しくなるよう仕向けます。お酒が切れた時には手が震える、頭が痛い、汗が出る、眠れないなど、他にも沢山の症状が出るでしょう。その人はお酒さえ飲めば治ると分っているので、苦痛に耐える事よりも、お酒を飲んで楽になる事を選びます。しかし、この時点では、本人は明らかに病気に気がついているでしょう。飲みたくないのに飲まないと体が苦しい、さらに臓器にも負担がかかり、苦しい…。

これらの事は、病魔という一方的な見方からの飲酒です。では、本人の中には何が起きているのでしょうか?

病魔は心の中にある、様々な「それ」、と書きました。最初は、お酒で「それ」をコントロール出来ると思ってしまいます。一時的に忘れたり、酔っている時は何も問題なく思えたりするのです。が、実際は飲めば飲むほど「それ」が大きくなります。なぜなら、最初からお酒でどうにかなる問題ではないからです。飲む事で病魔をコントロールどころか病魔に支配されてしまう感じです。この状態の中、本人は自分がどうしたいのか、何をすべきか、分っていながら「自分に嘘をついて(病魔を信じて)」飲んでいるのです。

依存症が進行すると、具体的な害も出て来ます。酔っている時に物を壊したり、金銭的な問題が起きたり、仕事上の失敗をしたりします。酔いが覚めた時の本人はそれらの事に罪悪感を持っています。酷い場合は飲酒のせいで警察のお世話になったり、無職になったり、 近所に苦情を言われたりします。これらの事を、本人がなんとも思っていないで飲酒を続けている訳ではありません。もう止めなきゃいけないと思っても、止められないのです。飲む度に、心では大きな自己嫌悪や罪悪感を抱えて苦しんでいます。そして、どんな依存症者も心の中で、「家族に迷惑をかけて申し訳ない」と思っているでしょう。

「それ」を忘れたい→酔いたい→飲酒→罪悪感→飲まないと決める→病気が自分を支配→酔いたい→飲酒 →自己嫌悪→忘れたい…… このサイクル、順番はこの通りではないでしょうが、このように病気や感情や理性が、延々と広がる渦巻きのように回り続けているのです。

依存症者の飲酒が「意志が弱いから」とか「だらしがないから」とかいった解釈をしないように、家族の私達は気を付けなければいけません。 病魔がその人にそうさせているのか、本当にその人がそうしたい事なのか、冷静に考えればわかります。飲酒中に傷付く言葉を言われても、嘘をつかれても、無責任な事をされても、その人がしているのではなくて、病魔がお酒を飲む為にその人にさせていると割り切れます。

依存症者が飲酒中の時は、もうその人ではないと思って、見守る事が、私達にできる唯一の思いやりでしょう。そして本当はその人も、苦しいのだと分ってあげる事が愛情なのかなと、私は思っています。

次のページでは、回復の仕方、また、回復とは何を意味するのか、考えます。

ほとんどの人は、彼等がこれだけ幸せだと思った分だけ幸せになれる。
アブラハム=リンカーン

病魔と依存症者
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